Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    “おやかま様の奥の手は”
 



京の都は、その遷都の際に
数多の学者やら神祇官やらに様々な角度から調べさせた末に
新しい都にふさわしいと決まった土地であり。
万が一にも何物かに攻められても大丈夫なよう、
周囲を山地という自然の要衝に囲まれの、
それでいて水流にも不自由しないという、
守備には万全な地形であったし。
攻撃者が人ならぬ物であったとて、
大地の地脈が風水の龍の巡る道となっており、
どんな魔物も呪いも防げようとした…割には、

 「大地の歪みや淀んだ瘴気や、
  ご丁寧には人の怨嗟も、たぁんと蓄えまくっとる都だがの。」

けったくそ悪いというのを省略してのそれか、
けっと鼻で息ついた、金髪白面のお師匠様なのへ、

 「あはは、まあまあ。」

違うとも言い切れず、
そういう時の奥の手として
笑って誤魔化すことを覚えたばかりの書生の瀬那くん、
ややひきつった笑いを見せつつ宥めるように声を掛けて。
一応は綿の入った袷と、舶来渡来の羊の毛の織物できっちりと防寒をした
陰陽師の主従二人、
そろってわしわしと足を運んでおいでなのが、屋敷の裏に広がる小さな林。
人が手入れをしなくなって長いせいか、様々な木々が鬱蒼と繁茂していて、
足元が緩やかな傾斜を見せているのになかなか気づけぬ、微妙に曲者な地でもあり。
土地勘がないまま奥へ入り込むと、
山科へ連なる山地の裾辺りまで入り込んでた…なんてことにもなりかねない、
それをようよう知っている彼らからすれば 林というより“裏山”であり。
侮れぬ懐の深さはだが、天然自然な土地ゆえの長所もあって、
陰陽師の儀式や咒に必要な特別な草木もたくさん自生していて
時折それらを摘みに入るほかはといえば、

 「くうちゃ〜ん、こおちゃ〜ん、もう帰るよ〜〜。」

館の住人も同然の、天狐のおちびさん二人が
伸び伸びと駆けまわる運動場にしてもいて。
この冬は比較的暖かいままに年を越し、
やあ、これは過ごしやすいねと市中の人々も喜んでいたけれど。
さすがに春までそのままというわけには行かないか、
新年の祝い事が一通り落ち着いた頃合いを見計らうように、
底冷えのする級の寒さがやって来て。
京を囲む山々はもとより、
都の大路も里の民家も、場末の原っぱも区別なく、
真っ白な雪で覆われてしまったは例年通りの流れと言えて。
その雪により此処も同じく塗りつぶされた、
館から雑木林への小道の上には、
点々々と小さな足跡が続いてる。
余程に楽しい道行だったか、
仲良く並んだ二組の痕跡は 時折相手の側にくっついては重なってもいて、
大方、はしゃぎもっての駆けっこをし、
相手へ飛びついたり抱き着いたりしつつという
見るからに楽しげな道中だったらしいことをこれだけからでも匂わせて。

 「ほれ、此処で片やが転んだ。」
 「みたいですね。」

足とそれから手をついた跡があり、
そこへと相方が少し先から戻ってきたところが
やはりありあり残っているのが微笑ましい。
小さな童子が二人ではしゃいで歩む図が浮かぶ、ここまではまま尋常なそれなれど、
途中から、藁沓のそれがいきなり小さなものへと入れ替わり、
猫なら梅模様、犬ならイチジクの葉のようなそれ、
どちらかといや犬のに似たよな足跡へ、
完全に入れ替わっている辺り、

 「余程に楽しがってたんでしょうね。」
 「らしいな。」

地上に途轍もない寒気がやってきた最初の朝、
天の宮から降りて来たのは 朽葉という坊やたちの傍付きの侍従の天狐だけ。
彼が伝えた口上は、
畏れながらこうまで寒い地上へ、若宮を下ろすわけにはまいりませぬという断りで。
そりゃそうだと、こっちの大人たちはすんなり納得したが、
他でもない 若宮こと、葛葉こと、くうちゃんたちが納得いかなんだらしく。
雪で遊ぶと駄々をこねまくり、
ほんの二日でいつも通りに降りて来たのは、果たして誰が甘やかしての結果やら。
そんなこんなで許可が下りてのお越しとはいっても、

 「ここまで冷え込む中での外遊びとはな。」

ほんの半時、一刻ほどはしゃぐ程度ならともかく、
声も届かぬ裏山に分け入っての駆け回っているとなると、
陽が暮れるのもまだまだ早い頃合いだけに、
早い目に呼び戻すに越したことはない。

 「本人らは冬毛をまとっているのだ寒くはなかろうが。」

口許からの吐息の白さが頬の白さと重なる、
絖絹のような肌を寒気に冴えさせた師匠がくくっと小さく笑って見せて、

 「寝ているはずの熊を叩き起こしてしまっているやもしれんしな。」
 「そ、そんな怖いこと言わないで下さいよ。」

それへは窘めるような言いようをした瀬那だったれど、

 「事情を知らぬ女子供を遊ぼうと誘って、
  再現なく付き合わせた挙句、凍死でもさせちゃあ剣呑だしな。」

 「う……。」

そっちをこそ案じたからこそ、早く迎えに行きましょうよと、
主人を誘ってわざわざの“お迎え”を構えた書生くんだったらしく。
図星を指されたと肩をすくめかかったところへ、

 「おお、あそこにおるわ。」

探し物だったおちびさんたちを見つけたらしい蛭魔、
もう辿るべき足跡も不要とばかり、
容赦なく雪をザクザクと踏みしめてどんどんと進んでいくものだから、
瀬那も慌てて後を追う。
木立の合間から覗いていたうちは小さなキツネたちの姿で垣間見えていたものが、
そこが彼らなりの結界ででもあったのか、
あるいはこちらが侵入したことで何か察して通常の意識へ戻ったか、

 「あ。おやかましゃまvv」
 「せぇなvv」

普段 屋敷で観るままの、小さな和子の姿へと戻っていた二人であり。
寸の足りないあんよを繰り出し、雪によたたともつれかけながらも駆って来るのが何とも愛らしい。

 「あそぼ、あそぼvv」
 「いっちょにあそぼvv」

ねえねえと袖を引かれたものの、これで促されてちゃ何にもならぬ。

 「そろそろ日が暮れる。戻るぞ。」

蛭魔がそう言って背中を向ければ、やーのと地団駄踏むところが何とも子供で。
ねえねえ あしょぼうよぉと
まだまだ気が済まないらしいむずがりを示すお子様二人だったが、

 「じゃあ、このきんとんと肉まんじゅうは
  俺とちびセナで食っちまっていいんだな。」

 「…☆」

懐に何を入れて来たものか、蓋つき壺に入っているのは、
賄いのおばさま謹製の甘い甘い栗入りきんとんで。
そのお隣から、こっちは瀬那が
やはり懐からまだ温かいじょうよ生地のお饅頭を取り出して。

 「今日の饅頭は猪肉のだぞ、美味いぞ〜〜?」
 「たっくさんありますよ?」

二人そろってにっこり促せば、
小さな腕白さんたち、顔を見合わせるまでもなく、
その場からパッと駆けだして、

 「帰る、食びるのっ。」
 「くうたちも食びるっ!」

まだまだ食いしん坊な方が強いか、美味しいものにはあっさり釣られ、
広っぱで雪玉を並べて遊んでいたものが、
そこを振り返りもしないでこっちを追ってくる辺りが判りやすい。
ともすれば先に立つように道を急ぎ始めるのを、
よしよしと笑って追う蛭魔の後へ続きつつ、
だが…ふと足を止めたのが瀬那くんで。
頭上の梢を見上げると、

 「阿含さんも一緒にいらっしゃいませんか?」

気配だけを感じたらしい、そんな相手への声を掛けており。

 「ツタさんのご馳走は滋養もあって美味しいですよ?
  沢山ありますからどうですか?」

きっと今まで、あの子ギツネくんたちを見守っててくれたのだろうと見越してのこと、
お礼を兼ねてと言いたいらしい口調なのへ

 「余計なところへ気が利くチビだな。」

そんなお声が返って来て、
音もなくすぐの間近へと降り立ったのが、
この寒い中でもいつもの装束、
作務衣に髪を縄のように結った頭というお馴染みのいでたちをした
蛇の眷属、ここの土地神さえ屈服させた格の邪妖の神格らしき阿含という男であり。

 「いかがですか?」

どれほどかおっかない能力も持つと知っていながら、それでも屈託なく笑う瀬那くんなのへ、
やれやれとこちらは苦笑をたたえつつ、

 「ややこしい騒ぎになっても面倒だ。
  お前さんが懐に持ってきた オトリ用のだけくれりゃあいいさ。」

そんな言い回しをする彼だったので、
ありゃまそこから観てましたかと、恥ずかしそうに肩をすくめ、
袷の懐から彼には手に余りそうなほども大きいまんじゅうを差し出した。
にんまり笑って受け取って、ではと自分の師匠を追う書生くんを見送り、
いい出来の惣菜をあぐりと齧った屈強な邪神様。
そのまま、顔も上げぬままにて、口をついての独り言がこぼれる。

「安心しなよ。
 きんきら頭の術師にせよ、ちびさんの方にせよ、
 あすこまで咒力があんのをぺろりと一口した日にゃあ、
 冬眠どころか夏までじっと動かずにいなけりゃあ、そうそう消化はし切れねぇってもんでな。」

徳の高い坊様を食ったら妖力が上がるって話は大陸の方でもよく聞くが、
それもどうだかな。
まずは封じの咒に勝てなきゃならんから
それが出来ねぇ小物のやっかみかもなとくつくつ笑い、

 「そんなつまらねぇことで身動き封じられても癪だから、
  そんな馬鹿は やんねぇよ。」

ふふんと笑ったそんな彼からやや離れた木立の陰にて、
威容を誇る武神の気配とそれから、
別の一角からは、物の怪と呼ぶには鋭角強大な妖異の総帥の気配とが
ふっと消えたのが素直なもので。
まだまだ春までは間のある小さな里の、
場末の林に ちょっぴり暖かい風が吹いた黄昏時であったとさ。




     〜Fine〜  16.01.31


 *週末ごとに寒さが大暴れする列島ですが、
  西と東で順番こというのがまた憎たらしいですね。
  先週の頭はこっちが寒さに襲われて、
  慣れてない西の方では水道管が破裂しまくったとか。
  暖冬だって言ってたくせに、侮れません、この冬も。

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